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協会会員荒神山観音寺

詳細情報

春日局とのかかわり

寛永17年(西暦1640年)、出羽国湯殿山の高僧、順海上人が伊勢神宮へ参拝の途中、眼病で失明しました。ところが、夢の中で「高神山の十一面観世音菩薩を祈念せよ」とのお告げを受けたことから、当山の観世音菩薩開眼祈願をしたところ、七日間で全快したという出来事がありました。
このことを知った義姉の春日局は、いたく感銘を受け、それ以来、この観世音菩薩を深く信仰し、自身が乳母として育てた徳川家光の時代繁栄を祈願し続けていたと言われています。
なお、春日局は当寺に日天、月天、地天及び三宝荒神の4体の仏像とともに、春日局の銘や徳川康公、秀忠公の戒名等が刻まれた梵鐘を寄進されました。

荒神山の喧嘩

慶応2年(西暦1866年)4月8日、荒神山を舞台に博徒同士の大規模な私闘が繰り広げられました。
この頃荒神山では、毎年4月7日、8日の2日間、幕府のお墨付きにより賭博開帳が公に認められていました。
この賭博による寺銭(手数料)が莫大な金額になり、この収入に目を付けたのが「桑名の穴太徳」です。そしてこの日、当時この地を縄張りとしていた「神戸の長吉」との縄張り争いが勃発したのです。
結果的に神戸側が勝ちましたが、神戸側の助っ人であった清水の次郎長一家の「吉良の仁吉」が銃弾に倒れたことが有名です。
この闘いは後に、浪曲師広沢虎造の「次郎長伝」や映画「血煙荒神山」などで広く知られるようになりました。

名称荒神山観音寺
住所〒513-0011 三重県鈴鹿市高塚町1777
電話番号

059-379-0331

FAX番号

059-379-0400

メールアドレスkojinyamakannonji@gmail.com
交通機関

C-BUS「23荒神山・フラワーパーク」または「24荒神山口」で下車

駐車場

あり/大型バスも可

料金

境内自由

時間

境内自由

定休日

なし

リンク荒神山観音寺

※2021年03月23日時点の情報です。掲載内容等が変更されている場合がありますので、お出かけの際は問い合わせ先にご確認ください。

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