三重県鈴鹿市観光協会がモータースポーツや文化・お祭り・おいしいお店など様々な観光スポットを幅広い情報で提供致します。




ホーム > 【コスズカ】④-1 大黒屋光太夫とは?

2011/9/14
【コスズカ】④-1 大黒屋光太夫とは?

1751年江戸時代後期、伊勢国の南若松村(現:鈴鹿市南若松)生まれ。
1782年に運輸船の船頭として伊勢国白子の浦(現:鈴鹿市白子港)から
江戸に向かう最中、嵐に遭い8ヶ月近く漂流。アリューシャン列島の
アムチトカ島へ漂着後、原住民や滞在中のロシア人と出会い
1787年ロシアに至る。
帰国願いの嘆願書を幾度となく出すが全て役人に握り潰された為
学者キリル・ラクスマンの協力を経て1791年首都のペテルブルクに向かい
女帝エカテリーナ2世に謁見。
(ペテルブルク滞在中に茶会に招かれ紅茶を口にしたとされる)
翌年キリルの息子、アダム・ラクスマンを伴い10年振りに日本へ帰国。
その後は豊富なロシア知識を活かし、蘭学発展に寄与しました。

鈴鹿市には彼の生家跡近くに「大黒屋光太夫記念館」が開設されています。
また若松駅及び市役所には彼の銅像があり、白子新港緑地公園には
出帆の記念碑が、千代崎港付近には供養碑(光太夫等が消息を経った
2年後に建設)があります。
※供養碑は現在修復中のため見学できません。修復完了は年度末の予定です。

※詳細は「大黒屋光太夫記念館HP」をご覧下さい。記念館では特別展を
随時開催中です。記念スタンプの押印や、記念メダル等の販売も
行っております。

dsc03386.JPG

<<前のページへ   次のページへ>>



すずかし観光ガイド

鈴鹿市観光協会モバイルサイト
ページの先頭へ