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大黒屋光太夫とは?

鈴鹿の偉人 強い精神の持ち主「大黒屋 光太夫」

伊勢国亀山藩領の南若松村に生まれた大黒屋光太夫は、白子から江戸への廻船の船頭をしていました。1782年光太夫を船頭とした神昌丸は16名の船乗りと江戸に向けて出帆しましたが、途中嵐にあい、8ヶ月の漂流のあとにアリューシャン列島アムチトカ島に漂着しました。

言葉が通じない中、ロシア人の協力を得て船を作り日本に帰る許可をもらうために厳しい寒さの中シベリアを横断。その行程の中で多くの乗組員を失いますが、帰国を許された光太夫は1792年に磯吉・小市とともに帰国。帰国後は蘭学者や知識人たちと交流し、ロシア語をはじめとするロシア文化や西洋の知識を広めました。

紅茶また1791年11月に光太夫は女帝エカテリーナ2世に招かれ、日本人としてはじめて正式な茶会で紅茶を飲んだ人とされています。この事に基づき日本紅茶協会が11月1日を紅茶の日として定めました。

関連施設のご紹介

大黒屋光太夫記念館
大黒屋光太夫記念館
大黒屋光太夫記念館 公式サイトはこちら
鈴鹿市若松町1-1-8
入館無料
開館時間/10:00~16:00
休館日/月・火・第三水曜日
白子新港緑地公園
白子新港緑地公園
光太夫を記念する公園となっています。
光太夫出帆の地として記念碑が建設されています。
ぜひ一度足を運んで下さいね♪
若松緑地
若松緑地
船を模した遊具や光太夫の壁画があります。
開国曙光碑
光太夫の伝記が書かれています。
心海寺
若松中1-3-34
磯吉・大黒屋家の菩提寺
伊勢若松駅
伊勢若松駅
近鉄伊勢若松駅ロータリーには光太夫のブロンズ像があります。
大黒屋光太夫らの供養碑
大黒屋光太夫らの供養碑
(千代崎漁港)光太夫らが消息を絶った2年後に建設。
宝祥寺
若松東1-7-22
小市の供養碑